先週の14日、15日に日本相続学会甲信越ブロックオープンセミナーが開催され、松本へ行ってきました。私は学会の紹介をする役割をいただきましたので、概略などを熱くお話ししました。
基調講演は、真田幸村より14代、仙台真田家13代の真田徹様の講演で、戦国武将の相続のお話しをお聞きしたところ、表には出てこないが多くの女性の活躍があるとのこと。女性に家を守るという意識がとても強かったと感じました。また幸村の娘というブランド娘の嫁ぎ先選びも、将来の相続に重要な要因を与えていました。
真田幸村は1615年、大坂夏の陣で討ち死にしました。現在分かっているだけでも幸村は6人の女性に子供が13人(男子4人、女子9人)いました。家系図が資料にありましたのでご紹介します。改めて見るとすごいものです。(名前の上に●のある人が男性)次男の大八と4人の娘(黄色の人たち)が奥州に逃れ、大八が仙台真田氏を興し、真田徹氏はその13代で、幸村から数えると14代ということだそうです。
大八や娘たちが生き残ったのは、仙台藩主の伊達政宗と幸村との間で、子供を頼むというやりとりがあったのではないかということです。そのあたりの事情は史実としてはわかっていませんが、引き取られた後、仙台藩は大八の存在を隠していました。家康を窮地に陥れた幸村の子が生き残っているとなれば、徳川幕府が許すはずがありません。伊達家は、大八は8歳のときに京都で死んだ、という情報を流し、実際の大八については家系図を改ざんして姓名を片倉守信(真田幸村の叔父の孫だ)として幕府に報告していたようです。正式に真田姓に復帰したのは、幸村の死後100年程後のこと。
全8講座に及ぶ今回のオープンセミナーは、いろんな工夫がなされていて素晴らしい内容でした。甲信越ブロックの実行委員の皆様、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。